赤松皮付小丸太掛け花入れ(金彩月装)について

 木工芸はあたかも画家がパレットから絵具をとるように、自然の描いた木目、木の表情をよりどころとして作品を生み出します。ですが絵とは異なり木の表情を私たちが自由に描くことはできません。しかし「この木の、この部分で作る」のであって「あの部分」では決してないという時、作者の強靭な意志の下、切り取った木材は自然が作った素材からはじめて作品の要素へと転化します。素材の美しさといってもあくまでそれは作者の生み出したものだとも言えるのです。

 とはいっても自然の造形の妙には心打たれるものがあり、常日頃はどうしても銘木に、それも鮪で言えば大トロのような、良材中の良材に目が行くのも事実です。2000本に1本ようやく出現するような縮み杢の楓などその好例です。その木目、木味をまるで自身が描かの気持ちで作品に使ってきました。しかしこのような制作を続けていると、もっと素直に木材の生命感や素材感を生かしたいとの思いが沸き上ってきます。そんな時に我が家の木材倉庫の片隅でこの材が目に留まりました。

 赤松皮付の小丸太は通常は数寄屋普請の軒垂木などに使われるようですが、我が家では茶道具、有楽好自在棚に使うために支度してありました。父の下で仕事の修業を始めて後、茶道具、特に棚物は一通り作らされました。細かい決まり事ばかりで工夫の余地はあまりありませんでしたが、日本人の持つ白木に対する思いや木割の美しさを知るきっかけともなりました。その中でもこの自在棚は変わりものでなかなかメカニックな構成になっていて面白いものでした。この棚の大きなポイントが柱に使われた赤松皮付で、このために父が支度がしていたのです。

 松は常盤木として古より神の宿る木として大切にされており、正月の松飾りは現代でもなお続いています。この葉の緑も幹の赤茶色との対比でその美しさが一層引き立ちます。葉そのものは枯れてしまうため、幹の美しさや吉祥性を取り込むものとして、赤松の皮付床柱はなかでも格の高いものとされています。そこでこの細い丸太をそのまま生かして、今まで各種素材で作ってきた掛け花入れにしてみようと思い立ちました。しかし父が木取りをしてから30余年経つ材は折角の皮目に傷がついていましたので新たに手配をしたのですがこれがなかなかの難事でした。

 もともと建築用に流通する材ですから長さは8尺程度あります。この真っ直ぐな8尺の中に節がなく末口と元口の直径は1寸位でほとんど変化なく皮目にも傷のない材など考えただけでも奇跡的です。しかも人工的に作ったものではなく、実生苗から育ち密生した自然林の中で上部にだけ葉が茂り、陽の当らない下部の枝は枯れ、さらに隣の木と擦れ合って自然に落ちて節が包まれたものなのです。これを根気よく探し出し、夏の暑い盛りに炭火であぶって害虫の駆除などの手入れをする山師は今はもういません。さらに悪いことに松枯れ病が蔓延し松材そのものが危機に瀕しています。父の代より取引のある材木商にもすでになく、東京の木場中を探してようやく手に入れました。ちなみに在庫のみで今後の入荷は望めないとの事です。

 丁寧に鬼皮を剥ぎ整えられた赤い肌は何ともいえず美しいものです。それを一層引き立てるために一部のみ削り落し白い木部を露出させました。丁度茶杓筒で竹の表皮を一部そぎ落とすような感覚です。このように松そのもので十分美しいのですが、作者としてはもう少し物語性がほしくなりました。そこで古来「雪月花」として日本人に好まれてきたモチーフの中でも、復活と再生、繁栄の象徴でもあり吉祥性に富む「月」を加えてみました。素材は銀ですが金銷(きんけし)を施し金彩として輝く三日月と致しました。金銷は奈良時代より行われている仕上げ法で、奈良の大仏様もこの技法で仕上げられ当初は燦然と輝いていたはずです。輝きと言っても工業的仕上げと違い落ち着いた金色が特徴で、仕上げ前後で目方が変るほど金が付きます。

 素材感を生かすと言っても松の表皮は何もしないと多少はがれますし汚れも付きます。そこで発掘木造文化財などの固化に使う特殊樹脂を含侵させています。ですから多少の水拭きは大丈夫ですがあまり強くこすることは避けてください。

 この花入れは材の美しさが一番の見所ですが、その美しさを引き立て日常の中に取り込むお手伝いをしたいと念じ制作いたしました。

木工藝  須 田 賢 司