タモ拭漆嵌装箱「銀漢」


画像はクリックにて拡大頂けます。

 通常「工芸」はApplied ArtCraftの訳語として認識され「用と美」の二つの要素からとらえられている。そして明治以降西洋的価値観から、工芸を絵画や彫刻といった いわゆる大芸術の下位に置く考えが一般化したように思う。しかし、日本の美の伝統を振り返ってみれば、今日で言う工芸的なものと絵画的表現である屏風や軸装された絵(日本画)をさほど区別することなく、共に「佳きもの」「美しきもの」と捉えてきたことがわかる。例えば屏風は美しい絵画的表現で装飾した調度品との理解が、西洋的な絵画の文脈で見るよりふさわしいと思われる。

 

 私は「伝統工芸」とは、単に技法や形態、材料などが「伝統」的なのではなく、用途をもった親しみやすい形を借りて美を表現する工芸という、このような美のありようこそが日本の正統な美の伝統であり、工芸に対するこの伝統的な姿勢こそが「伝統工芸」の本質なのだととらえてきた。いうならば「伝統的工芸観」とでも言うものを拠りどころとして制作してきた。この地平に立って初めて「伝統」という言葉と、現代的な芸術活動の基本である「創造」が共存できる。

 

 過日、英国の陶芸家ハンス・コパーの作品展を観たがその卓越した造形に感動するとともに、あくまで花生や壺としての用途を十全に満たすため、例えば広口の花瓶の中には花が生け易いように筒状の部材が付けてあったり防水加工を十分施した仕上げを見て、私の工芸観に通じるものを感じ大いに勇気づけられた。

 

 このような観点に立って常に制作しているが、今回の作品は「タモ」(Japanese ash)の大胆な木目を宇宙の混沌を表現する素材として使った。タモは木目が面白いがともすれば品のないものになりやすい。そこで仕上げを工夫し黒蝋色漆を加えた生漆で二十回ほど拭漆をすることによって大胆な中に落ち着いた雰囲気を出すことに努めた。

 

 技法は父祖より伝わる伝統的な日本の木工指物技術をベースにしている。基本は日本語では「蟻組(アリグミ)」、英語では「Dove tail」と言われる組み方で、その細かさに違いはあるが、洋の東西を問わず木工家が誇りを持って行う高度な技法である。

 

 木工芸はもちろん「木」の美しさに依拠した工芸だが、他の素材と組み合わせることで工芸としての装飾性、創造性も一層増す。この作品のテーマは私が長く取り組んでいる宇宙をモチーフにしている。「銀漢」とは銀河の別称だが、各種蝶貝で天空の星々を表現し、主材のタモ部分との協調で一層宇宙の深淵を表現した。象嵌部分は木目のない黒檀類の材を用い、貝象嵌のバックとして黒無地に近づけた。また懸子の摘みの銀金具も自作になるが、木という植物素材に少しの無機的素材が加わると全体が引き締まるように思え、私は作品に自作金具を組み合わすことが多い。蓋裏には三日月が象嵌されているが、蓋をあけた時のその意外性も、箱と言う工芸作品の重要な要素と思っている。懸子も備え使うことも十分に考え、「使おうと思えば使えますよ、でもそれが作品の第一義的目的ではありません」と言う私の制作スタンスくみ取っていただきたい。

 

 工芸を語る時しばしば、使いやすいとか使いにくいとかの論議が交わされることも多いが、私が取り組んでいる工芸はその観点ではなく(もちろん使い勝手などは最低限クリアしているが)、永続的な美の観点から見てほしい。その意味で日本語の「工芸」はあくまでKOGEIとしてApplied ArtCraftの訳語ではない独自な美の体系だと思っている。

 

 ※他の代表作品は こちら からご覧いただけます。