嵌装小箪笥「青蓮」

嵌装小箪笥「青蓮」-木工藝 須田賢司 Japanese Fine Woodwork SUDA Kenji

W400mm×D75mm×H98mm       

 作品名の「青蓮」は、通常「青蓮華」の略でブッダの眼の譬えとして使われる言葉です。実際はインドにも青い花の咲く蓮は実在せず、これは睡蓮のことだといわれ、両者はよく混同されます。

  蓮は澱んだ泥中から生じ、この世のものとも思えない清楚な花を咲かせることから、仏教また転じて東洋では大変貴ばれます。なかでも「青蓮」はその発音が「清廉」と重なることから、古くより文人に愛されており、今作ではそれを題材に取りました。本来は「ショウレン」と発音するところを、作品名としてあえて「セイレン」と読ませています。

 素材は、作品の右側は「サペリ(Sapele or Sapelli )Entandrophragma cylindricum」、左側は「シカモア・メープル(Sycamore Maple)Acer platanoides or Acer pseudoplatanus]」です。サペリは「サぺリ・マホガニー」とも言われるほどマホガニー(Swietenia macrophylla)に似た良材ですが、本作で用いたような縮杢のものが珍重されます。茶色いサぺリ(Sapele)で泥中を、青ならぬ真っ白なシカモア(Sycamore)で花を表現しました。シカモアはバイオリンの背板材として有名ですが、この作品のように真っ白でしかも縮杢が真っ直ぐに入ったものは極めて珍しく、この材が好きで長年使ってきた私も、ここまで杢が揃った材は初めてです。

 作品の稜線部分の赤味のある材は「梨」で、そこに小さな白蝶貝が象嵌してあります。また本体中央には、横に一本象嵌の線が入っていますが、そのうちシカモア部分は白蝶貝の比率が多くその中に青みのあるニュージーランド産Paua shellが少し入り、これとは逆にサぺリ部分はPaua shellが多くなっています。

 また内部の抽斗には深山に生える山桜の材を用いています。白味がかった薄い桜色の花をつける大木の良材で、少し桃色がかった材色は上品で好ましいものです。

 仕上げは、通常 拭漆といって漆を使った仕上げにすることが多いのですが、今作ではそれを行わずに、あえて木材本来の色を生かして作品表現のエレメントの一つにしています。

 金具は前面の「鎖子(さす)」と呼ばれる錠で、左右が結ばれていますが、なかでも この古式の錠は通常は縦型に使うことが多く、その形から「海老錠」*1と呼ばれます。ここではその仕組みを使って横型に作っています。正倉院に遡れる形式で、小型に作るのはなかなか困難なため、現在では使う作家はほとんどいません。以前、正倉院展でこの錠を使った鏡箱を見たのをきっかけに、自作に取り組み実現しました。すべて銀製の蝶番なども含め、金具類(錺かざり金具と言います)全てを自分で作りますが、これも私の作品の大きな特徴です。

 ※他の代表作については こちら をご覧ください。

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*1 海老錠にまつわる最近の発見(朝日新聞|2016年(平成28年)7月14日木曜日「飛鳥京 水路跡から錠前」)

*2 本作品はハースト婦人画報社『婦人画報』2017年10月号にてお取り上げ頂きました。