楓拭漆箱「湖上月夜」 

楓拭漆箱「湖上月夜」

  すべて箱と名が付くものは本来入れる中身のためにあるはずだが、いつからか箱そのものに価値を置くようにもなった。中身やその目的のためではなく、箱そのものが美しく、鑑賞、愛玩の対象にする、私はこのような日本独特の文化が好きだ。何かを入れることはできるが、それが目的ではない、内部に空間を持った美しい立体。いつのころからかそんなスタンスで箱を作り始めていた。

 この作品の極端に長い形は全体に舟のイメージから来ており、月夜の湖上に静かに漕ぎ出でる、静謐を求める心象を形にした。箱に付きものの「蓋と身」の関係が解体され、全体が一つの立体として抽象化している。

楓拭漆箱「湖上月夜」

 一方で内部にはきちんと収納のための空間を確保し、あくまで用の側面を無視しない日本の工藝観を表している。「蓋のような部分」を外すと内部は三つの箱で構成され、中央の正方形の箱の四周には月の満ち欠けが象嵌されており、外部から格子越しに見える。両側の箱には側面に銀河が象嵌され、それも外側から見える。外側はシカモアメープル、内部のオレンジ色の材はレースウッドを用いた。

 オブジェと言っては言い過ぎかもしれないが、箱であって箱でないこの作品が伝統工芸展に入選し、いまは国立工芸館の所蔵になっていることは誠に欣快である。

 

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